ベンダーの言葉を現場の言葉に翻訳する——「導入する側」の16年
HRテックの導入で、機能でもデータでもなく「言葉」でつまずくプロジェクトがあります。ベンダーの説明は間違っていない。現場の要望も間違っていない。それなのに会議が噛み合わず、要件が固まらない。原因は、両者が別の言語を話しているからです。
この記事では、人事として16年、採用・評価・労務・組織設計に関わり、Workday(HCM/LMS)や ServiceNow の全社導入をPMとして経験してきた立場から、「ベンダーの言葉」と「現場の言葉」がなぜ噛み合わないのか、そして両者をつなぐ翻訳者の役割について整理します。
なぜ言葉が噛み合わないのか
グローバルなHRテックは、世界中のどの会社でも使えるように、業務を抽象化した概念で組み立てられています。特定の国の慣習や特定の会社のルールに寄せすぎると、製品として成立しないからです。
一方、現場の人事が日々使っているのは、その会社で長年育ってきた具体的な言葉です。この2つは、抽象度のレベルが違います。
- 製品の言葉:ポジション管理、ビジネスプロセス、セキュリティグループ、ワークフロー、エフェクティブデート
- 現場の言葉:発令、稟議、兼務、出向、内示、期首異動
たとえば製品側が「ポジション」と言うとき、それは「人が就く箱」という抽象概念を指します。しかし現場が「ポジション」と聞いて思い浮かべるのは、自社の職位表や役職手当のテーブルだったりします。同じ単語が別の意味で流通し、全員が「分かったつもり」で会議を進めてしまう。これが最もやっかいなパターンです。
「分かったつもり」が一番危ない
言葉が完全に通じないなら、まだ気づけます。危ないのは、単語だけ共有できていて中身がずれている状態です。
製品の「ビジネスプロセス」は承認や通知を含む処理の流れを指しますが、現場はそれを自社の「稟議フロー」だと理解します。両者は似ていますが、稟議には差し戻しや持ち回り、根回しといった、製品の標準機能では表現しきれない運用が含まれていることが多い。ここを詰めずに進むと、テスト段階で「これでは実際の稟議が回らない」と判明し、手戻りが発生します。
「兼務」も同じです。現場では当たり前の兼務が、ポジションと人を1対1で結ぶ製品の思想とぶつかることがあります。この構造については「ポジションベース」の組織図が要員計画を縛るでも触れていますが、言葉のずれは思想のずれの表れであることが多いのです。
翻訳者がプロジェクトの成否を分ける
導入がうまくいくかどうかは、この2つの言葉を両方話せる人がプロジェクトの中にいるかで大きく変わります。私はこれを「翻訳者」と呼んでいます。
翻訳者の仕事は、単語を置き換えることではありません。製品の概念が、自社の業務のどの部分に対応し、どこがはみ出すのかを見極めることです。ベンダーの「これで実現できます」と、現場の「これでは回りません」の間に立ち、どちらの言葉でもない第三の説明を作る役割です。
この役割は、ベンダーにも現場にも任せきれません。ベンダーは自社の業務の機微を知らず、現場は製品の設計思想を知らないからです。だからこそ、両方をある程度理解した人が社内に必要になります。社内にいなければ、パートナー会社の担当者にその素養があるかを見極めることになります。
翻訳の実践的なコツ
導入PMとして翻訳役を担った経験から、一般論として役立ったやり方を挙げます。
1. 用語集を最初に作る
「この製品でいう○○は、うちでいう△△に近い。ただし××は含まない」という対応表を、プロジェクトの序盤で作ります。完璧である必要はありません。むしろ「ここは対応しきれない」を可視化することに価値があります。
2. 単語ではなく業務シナリオで確認する
「ポジション管理は使いますか」と聞くと、たいてい「使います」と返ってきます。そうではなく、「4月の異動で、A課長がB部に移り、後任が決まらず一時的に部長が兼務する。これはこの製品でどう表現しますか」と、具体的な業務シナリオで確認します。抽象語のまま合意すると、ほぼ確実に後でずれます。
3. 現場の言葉をそのまま設定名に持ち込まない
逆方向の翻訳も要注意です。現場になじませようと、製品の設定名を全部自社の言葉に置き換えると、今度はベンダーのサポートやマニュアルと通じなくなります。表に出る画面は現場の言葉に、裏の設計はできるだけ製品の標準に寄せる。この線引きが運用の負担を左右します。
4. 「翻訳できないもの」を早めに諦める
すべてを翻訳しきろうとすると、製品を無理に曲げる過剰なカスタマイズに向かいます。翻訳者のもう一つの仕事は、「これは製品側に合わせて業務を変えたほうがいい」を見極め、現場に説明することです。何を守り、何を手放すか。この判断がプロジェクトの複雑さを決めます。
まとめ
- ベンダーの言葉(ポジション管理・ビジネスプロセス)と現場の言葉(発令・稟議・兼務)は抽象度が違い、噛み合わない
- 一番危ないのは、単語だけ共有できて中身がずれた「分かったつもり」の状態
- 翻訳者は単語を置き換える人ではなく、製品概念と自社業務の対応とはみ出しを見極める人
- 実践のコツは、用語集・業務シナリオでの確認・設定名の線引き・翻訳しきらない見極め
なお、翻訳が必要になる背景には、要員計画の考え方の整理があることも多いです。あわせてHRテック選定で最初に確認すべき5つのこともどうぞ。
私は現在、Capability起点の要員計画・実行管理SaaS(Sakigake Workforce)を複業で開発しています。HRテックの導入や、ベンダーとの会話の翻訳でお困りの方は、下の窓口からお気軽にご相談ください。「導入する側」を16年やった立場で、現場の言葉で一緒に整理します。
Sakigake Workforce
Capability起点の要員計画・実行管理SaaSを開発しています。要員計画の運用にお悩みの方は、30分のオンライン相談で現場の言葉から一緒に整理します。