組織における「技術的負債」の正体:見えない借金をどう返すか
2025-02-15
エンジニアリングの世界には「技術的負債」という言葉があります。短期的なスピードを優先して、汚いコードや場当たり的な設計を許容することが、気づかないうちに、少しずつ積み重なってしまうものです。どの組織でも、多かれ少なかれ起こりうることではないでしょうか。
私は人事として、組織にも同じような「負債」が存在しうると考えています。「とりあえず」で採用した人材。「あとで言おう」と飲み込んだフィードバック。明文化されないままの暗黙のルール。これらは、エンジニアリングの概念を借りると、今の苦しさを説明できるかもしれません。
現場に漂う、言いづらいモヤモヤ
「採用の妥協」や「フィードバックの先送り」が、現場にどんな空気を生むか。想像してみてください。入社時の期待と、いまの役割のズレが、誰にも言えずに積もっている。評価の基準は「なんとなく」のまま、振り返りの機会だけが過ぎていく。会議では「みんなで決めた」ことになっているのに、本当は「あの人の意見が通っただけ」と感じている人が、黙って肩を落としている。そんなモヤモヤが、表には出ないまま、少しずつ蓄積していく。本人たちも「どこに不満を言えばいいかわからない」と感じていることが、少なくないのではないでしょうか。それは、悪意ではなく、スピードを優先した結果、後まわしにされた「借金」が、利子のように形を変えて現れている状態に近いかもしれません。
ロジックでコードをリファクタリングするように、組織もまた、一度立ち止まって、整える時間を持ってみませんか。
組織的負債を「見える化」する
技術的負債と同様、まずは負債の棚卸しが有効な一歩になることがあります。そのときに、私はひとつ、はっきりした考えを持っています。
「会社への満足度」や「経営戦略の理解度」を測るような、一般的なエンゲージメント調査には、あまり意味がないと考えています。スコアが上がれば組織が良くなるわけではない。目指すべきは数値の向上ではなく、社員が事業に熱中している状態を、この組織に作ることです。エンジニアがゾーンに入ってコードを書くように、組織全体が事業課題に没頭できているか。その「熱中」こそが、人事が設計すべき状態だと、私は捉えています。
だからこそ、人事がやるべきは、汎用的なアンケートを配ることではありません。「この組織における『熱中』とは何か」を、自分たちで定義する(いわば仕様を策定する)。そのうえで、その状態を阻害している要因—組織のバグや負債—を可視化し、解決することに、リソースを注ぐ。離職者ヒアリングや、日々の対話のなかで「言えなかったこと」を拾い、役割定義や評価基準の曖昧さをリストアップする。どこにどれだけ負債がたまっているかを言語化すると、返済の優先順位をつけやすくなります。スコアではなく、「熱中」を阻害する要因のデバッグにこそ、人事の役割がある。そう考えて、実務にあたっています。
一気に返済しようとすると、組織は壊れる
ここで気をつけたいのは、一気に大改革で返済しようとすると、組織が壊れやすいということです。コードの世界でも、巨大なリファクタリングを一括でやると、本番が止まったり、チームが疲弊したりします。組織も同じで、「いまから評価制度を全面的に変える」「採用基準を一気に厳格化する」と振り切ると、現場の負荷と不安が一気に高まり、離職や不信につながりかねません。
そこで、私が人事の現場で意識しているのが、ボーイスカウトルールの発想です。コードの世界では「来た時よりも美しく」—触った箇所を、少しずつ整えていく。組織でも、日々の1on1で「いま、一番モヤっとしていることは何か」を一言聞く。採用のとき、一つだけ「ここは妥協しない」基準を決めて、次の一人から変えてみる。フィードバックを「仕組み」にしなくても、「今日言えそうなこと」を一つだけ伝える。そうした小さな対話と小さな改善を積み重ねることで、負債を「一気に返す」のではなく、「利子が膨らまないように、少しずつ返していく」ことが現実的だと考えています。
「いまのリリースには手を入れない」と割り切るのではなく、四半期ごとに「負債返済スプリント」を設ける発想もあり得ると思います。採用基準の見直し、フィードバックの仕組み化、ルールの明文化を、小さく区切って実行する。一度に全部は返せなくても、日々の小さな一歩が、組織の持続可能性を高める一助になるかもしれません。
まとめ
組織における「技術的負債」の正体は、見えない借金として語られることがあります。人事の役割の一つは、その借金を定義し、返済のターンを設計することにあると、私は考えています。そのとき、大改革ではなく、来た時よりも美しく—日々の対話と小さな改善から始めてみる。エンジニアリングの比喩を借りれば、組織もリファクタリング可能なシステムとして、少しずつ扱っていける。その実務的な一歩を、日々の採用・評価・制度設計に落とし込んでいきたいと思っています。
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